Forget.のみ書かれた殴り書きのメモ。
綺麗に包装されている砂時計。
参拾陸
夜、部屋に戻ったらドアに殴り書きのメモと砂時計があった。
一体誰がこんなことをしたのだろうか。此処に置いてあるという事は貰ってもいいのだろうか。
結局考えてもわからないので、貰ってしまうことにした。きっと私宛、と信じて。
それにわざわざ扉に落ちないように引っ掛けているんだから。
それに、このメモに書いてあるForget.。忘れる。命令形ならば忘れろ。
まるで、私へのメッセージの様だ。
未だに兄に、過去に囚われている私に対して、その事を忘れろ、という送り主の優しさ。
砂時計を逆さにしてみた。
さらさらとあまり音を立てずに落ちてゆく砂。
急に涙がこぼれた。
落ちて行く砂は何かが崩れ落ちたような印象をもたらす。
過去が、兄が、私が忘れた方がいい、と心どこかで思っているようなものが崩れて行くような感覚。
これを見ているといろいろ思い出される。主に兄さんのこと。
辛いことは全て忘れてしまえばいい。
でも、それをすることもまた辛い。
「砂時計…」
何かの本で砂時計について読んだ事がある。
砂時計の迷信に全ての砂が落ちきると忘れたいことが忘れられるって言うのがあるらしい。
きっと送り主はそれを知っていた。
だから、メモを残した。
確かに忘れてしまえば辛くなくなるかもしれない。
だけど、忘れるまでが辛い。
覚えているよりもはるかに辛い。
どちらにせよ辛いならば、私は忘れたくない。
兄を、今までの人生を忘れるなんて悲しすぎる。
私が此処まで生きてきた記憶は私だけのもの。
私しかもっていないそれを私が忘れてしまったら、もう、残らない。
「忘れたほうが楽なのかなあ。」
もしかしたら忘れる方が楽なのかもしれない。
だけど、忘れてしまったら、私には何も残らない。
残るのは差出人不明の砂時計だけ。
砂時計の砂があとわずかになった。
「兄さん…」
どうして忘れられないんだろう。
何でこんなに辛いんだろう。
消えない記憶、忘れられない思い出。
ふと脳裏に浮かんだ別の人。
「かん、だ…」
この砂時計をくれたのが彼ならば、私は忘れられるのだろうか。
いや、きっと彼であっても彼で無くとも、私は変わらない。
「リナリ―、ラビ、アレン、コムイ……」
出会いもあった。
こうやって名前をあげてみればよくわかる。
私は一人じゃない。
全てを背負えないことくらいわかってる。
でも、辛いのと同じくらい、いや、それ以上に楽しかった思い出もあるから。
大事に取っておきたい、思い出。
何よりも輝いているもの。
もし、砂時計の様に崩れ落ちたとしても、それだけはきっといつまでもきっと、落ちないでここにある。
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反省。
ソング バイ 砂時計。
瀬陰暗鬼。