あの時、君を忘れる事が出来たなら
こんな思いはしなかったのかな。
020.堕ちてゆく
結局、私が彼の隣にいることが出来たのは偶然だったのだろうか。
最近消えかけた『不安』が蘇ったのは先日で。
普通の人からすれば小さな『出来事』なのだろうけど、私にはとても大きな『出来事』だった。
このことがキッカケだったのかは定かではないが、持病を悪化させ倒れた私は入院をした。
気持ちの悪い白さの病室。吐き気を催す薬品の匂い。
右腕から天井へと伸びる管。
もうこの状態になってから一ヶ月は過ぎた。
食事も咽喉を通らずまともに食べていない。
窓から見える人工物の景色。たくさんの人。
雑踏の音はあまり聞こえない。(聞こえたら私は窓を閉めて耳を塞ぐ。)
「あ、おい…。」
窓を見つめながら呟いたのは忘れられない愛しい人の名前。もう会わなくなってしまった。
いや、『会えなくなってしまった』のほうが正しい。
嗚呼、どうして私は貴方に会えないのですか。
どうして貴方は私を捨てたのですか。
時折病室の外の足音は葵なのかな、と心を躍らせるけど実際は検温に来た看護師さんや様子を見に来た友人。
ほら、また来た。
コンコン、とニ回のノックと共に。
「さん。」
「…はい。」
「最近は調子どうですか?」
「特に何もないです…。」
「またやつれたようだけど大丈夫?ちゃんと食事してる??」
「…食べたくないんです。」
無理矢理食べたって戻してしまう。
「そんなこと言ったら元気になれないですよ。」
どうして同じ事ばかり言うのかな。
どうせ長くなんか無いのに。
+ + + +
夜中、心臓の苦しさで目が覚めた。
外は相変わらずの様子。
夜景と言えば美しく見えるのだろうか。
最後に夜景を見たのはいつだろうか。
その時は葵はまだいてくれた。私の隣に。
「綺麗やねー。」
「うん…ネオンが宝石みたい。」
「それ名言やない?語録作れそうや。」
「素直に言っただけだよ。」
そう、あれは…………いつだろう。
意識がまた遠のいて…。
咽喉の違和感が気になったので軽く咳をすると掌が紅く染まってしまった。
…慌てる気力も無く、冷静にナースコールを押す。
覚悟はとうに出来ている。
視界が暗く霞みだしたと同時に看護師さんが飛んできた。
そしてたくさんの機械が繋がれる。
「さん!!!?聞こえますか??!」
「がんばって!」
「さん!」
「心拍数低下!!危ないです!」
+ + + +
医者が私に必死になって治療をしている。
私はそれを気持ち悪い浮遊感覚になりながらぼやーっと感じる。
意識はかろうじてあるのだけど…目が開かない。
機械の音や医者、看護師の声は聞こえる。
あ、ドアの開く音がした。
「さん、わかる?貴方の大切な人が来てくれたわよ。」
「…?…なん??」
私は夢を見たの?…葵が…私の手を握ってくれて…泣きそうな表情で…。
「、俺わかるか?葵や!」
「…ぁ…。」
声が、聞こえた。
私は、それに返答しようと小さく口を開けた。
酸素マスクのせいでくぐもった声が出た。
「、生きるんや…。もう一度、笑って…な?」
「…ん…。」
「…、ごめんな?俺を独りにさせてしまって。」
夢…じゃないのでしょうか。
最期の…想いを…愛しい貴方へ。
「あ…いし…て…る…よ…。」
「…俺も。愛してる。」
笑えているのかわからない、でも
今の私が出来る精一杯の笑顔を。
最期に見た彼は、涙でぐしゃぐしゃの顔で…でも美しい笑顔でした。
機械の音が虚しく響く深夜。
fin. next?(2007.09.18、加筆修正10.17)
→死ネタなんて久しぶりに書いた。続くかもしれないです。
続きます。(葵視点ver.です。)