あの時、君を抱きしめていれば
こんな思いはしなかったのだろうか。
026.現実虚無
電話が鳴ったのは真夜中の二時過ぎ。
作曲に煮詰まったので、コーヒーを飲んで一服してるときだった。
こんな時間に誰なんだろうと思い、ディスプレイを除けば見慣れない番号。
とりあえず通話ボタンを押して出る。
「…もしもし?」
「あ…さんのお知り合いでしょうか?」
…?…のことやろか。
あ、は俺の彼女だった人。(ちょっと悲しい響きや…)
今はワケあって別れとるんやけどね。
バンドがしっかりと軌道に乗った頃、迎えに行くつもり。(そのことを彼女は知らない。)
「は、はい…。」
「…誠に申し上げにくいのですが…。」
え?
が …?
なんやそれ、俺聞いた事無いんやけど。
病気?持病?
「…わかりました。今すぐ病院の方へ向かいます。」
電話越しにそれだけを一方的に述べて、電話を切った。
携帯と車の鍵を掴んで家を飛び出した。
頼む、間に合ってくれ。
+ + + +
病院に着き、深夜外来受付の窓口へ。
名前を告げると中から看護師が一人、俺の元へ来た。
気のせいだろうか、足早に看護師は俺を案内している。
俺はそれに着いていく。
医者の声と看護師の声。
二つが同じ方向から聞こえる。
胸騒ぎがする。
「さん!!!?聞こえますか??!」
「心拍数低下!!危ないです!」
看護師の案内した先には、機械に繋がれている痩せ細った。
「さん、わかる?貴方の大切な人が来てくれたわよ。」
看護師がそれだけをの側で述べた後、後ろに下がった。
俺はベッドの左側に行く。
「…?…なん??」
ベッドの横にしゃがみこみ、俺はゆっくり言葉を紡ぎだす。
その横で医者は必死の処置中。(俺はたぶん邪魔だろう。)
の脈を知らせる電子音が一定の間隔で鳴っている。
「なあ…?俺、葵やで?わかるよなあ…?」
未だに目を開けない。
俺は少しでも気づいてもらいたくて、右手をそっと握った。
今にも折れてしまいそうだ。
呼びかけ続けると、閉じたままの瞳がピクリと動いた。
そして眠り姫が目覚めるようにゆっくり、ゆっくりと瞼が開いた。
「、俺わかるか?葵や!」
を最後に見たのはいつだったのだろう?
「…ぁ…。」
「、生きろ…。もう一度、笑って…な?」
機械音に囲まれた環境でかすかに、でもしっかり聞こえたの声。
ゆっくり瞳が俺を捉えた。
俺はそんなを霞んだ視界でしか捉えられなかった。
「…、ごめんな?俺を独りにさせてしまって。」
この言葉はを迎えに行くときの為に取って置きたかったけど、気付いたら話してしまっていた。
こんなこと話してしまったらがいなくなってしまうのが決定的になってしまったような気がして。
シーツに俺の目から流れた涙が落ちた。
ゆっくりと広がるように染みができていった。
「…あお…い…。」
愛しい、俺の名を呼ぶ声。マスクをしているせいで多少くぐもっている。
目を細めてははにかんだ笑顔を俺に向けている。
限界だ。
涙がまた溢れ出す。さっきとは違い、ぼろぼろと止まらない。
「なんや?」
「あ…いし…て…る…よ。」
「…俺も。愛してる。」
のこげ茶色の髪を撫で、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま笑顔を作った。
医者は、もう…俺の行動を止めなかった。
俺に『想い』告げた後、は天井をゆっくりと眺めてから瞼を閉じた。
ピー…。
脈を告げる心音が一定の音になり、画面も直線が一本引いてあるだけに変わっていった。
俺はそれがスローモーションに再生された映像のようにしか見えなかった。
fin.(2007.10.15、加筆修正11.12)
→ちょっと文がまとまらなかったな…。
解説しますと、ちゃんは持病を生まれつき持っていまして。
でも葵さんにはそれを話していなかったのです。
一方的に別れられた(まあ葵さんは迎えに行くつもりだったんですが)ちゃんはあまりのショックに
摂食障害になってしまったのです。
それと平行して持病が悪化してしまい…ってことです。
ちゃんは最期まで葵さんを愛し、葵さんは最後までちゃんを愛してました。