「…信じられない…!!」
「ごめん、」
「謝ればすむ問題じゃない。…酷い…。」
「待って、…!」
…最悪な朝。
カーテンの隙間から差し込む気だるい光。
夢を見た。
忘れたいのに、忘れかけた頃に夢に出る。
負のループから逃げ出せない私はいつのまにか恋愛に対して臆病になっていた。
(人を愛するのが、大切にされるのが、怖いのです)(まだそんな歳じゃあないのにね!)
ふかふかベッドから脱出をして、キッチンでコップ1杯の水をごくり。
せっかくの土曜日、こんな目覚め方をするなんて。
今日はいい事なんて無さそうだ。
一日家で引きこもりたいけれど、生憎予定がある。
とりあえず朝食を取ろう。
食パンを2枚、トースターへ突っ込んだ。
+ + + +
「さあ、いい加減に彼氏の1人や2人作ってみたらどう?」
「は…?」
「だって20よ?一度くらい体験してみなって。」
午前中からの買い物も一通り終わり、近くのファミレスで友人と一休み。
あまりの荷物の多さに、夕飯時で少々込み合う時間帯だけども4人席に案内され私達は座った。
注文した料理がお互いの目の前に並んだ頃、彼女はぽつりとこんな事を言い始めた。
今朝あんな夢を見たので内心緊張しつつ、平然を装って話に相槌を打ったり言葉を返したり。
「いや、いらない。」
「えーなんでー?はさあ、彼氏欲しいって思ったことないわけ?」
「うん。一度も。」
突然、友人の携帯に着信が入り話は中断。(あ、着信は突然入るものか。)
その間に私は黙々と冷めかけたハンバーグを口に入れていく。
通話が終わったと思えば彼女は急いで自分の分の料理を食べ始めた。
どうも、人手が足りなくなったらしくバイトが急遽入ってしまったらしい。
ぶつぶつ文句を言いながらも着々と減っていく。
「まったく…明日から4勤なのに……本当にごめん。」
「いやいやしょうがないよ。私全然気にしてないしさ。」
「…ん、それじゃあまた今度。絶対に埋め合わせするから!!」
彼女がお店から出て行ったことを確認してから、伝票と彼女が残していった小銭を持ってレジへ向かった。
「彼氏、かあ……」
私のぼんやりとした呟きは騒がしい店内によって誰かに聞かれることは無かった。
(ごめんね、嘘を付きました)
+ + + +
のんびりと歩く帰り道は私以外誰もいないから、ほんの少し鼻歌を交えてみたり。
季節外れのラブソングに小さい頃に歌った童謡。
スキップでもしたい気分になったけど、この荷物の量じゃ早足さえできない。
今日はちょっと買いすぎてしまったかも。
寒さに体が震えだした頃、私の住んでるアパートが見えてき、た。
「…ちゃん?」
「う……?」
アパートを目の前にして名前を呼ばれた。
声のした方向へ視線を向けると、綺麗な銀髪の、人。
「覚えてない、かな?」
「…ダイゴ、さん?」
一番最初に浮かんだ人物の名前を挙げてみると正解だった。
彼はニコリ、と笑ってくれた。(あ……、)
「久しぶり。覚えててくれたんだ。」
嬉しいな、とダイゴさんは笑った。
久しぶりに会ったダイゴさんに少しだけドキドキしてしまうけど、平然を装って。
「お久しぶりです。5年ぶりですかね?」
「そのくらいだね。」
「一瞬誰かわかりませんでした。声で気づきましたけど。」
「僕も声をかける時少し戸惑ってしまったよ。ちゃん、とても綺麗になっていたから。」
さらりととんでもないことを言われて動きが止まる。
いや、お世辞なのは、解ってる…けど。
頭の中でちらつくのは、あの日の出来事。(思い出したくない、思い出させないで)
「っな、何言ってるんですかダイゴさん……?!」
「ちゃんはさ、」
人の話を聞かずに勝手に話を続けられる。
嗚呼この人は昔からこうだったっけ……。
「好きな人とか、いる?」
「……っ……いないです。」
「なら良かった。」
荷物を持ったままの私をダイゴさんはそっと引き寄せて、耳元に唇を近づけて、怖いくらいに優しい声で囁いた。
「ねえちゃん、僕はずっと君の事が好きだったんだ。」
「や、怖、」
「だから…、……、ちゃん?」
「……どうせ、ダイゴさんだって…知らない女の人の所へ行くのでしょう?男の人は皆、皆…。」
声を振り絞って紡いだ言葉にダイゴさんは驚いた表情をしている。
そりゃあそうだ、「好き」と言ったのにこんな事を私が言い始めるのだから。
「何か遭ったのかい?」
半年前まで付き合っていた人がいたこと、
その人が他の女の人とも付き合っていたこと、
私は只の遊びだったこと、
未だにその時の出来事が夢に出てくること、
私はその人をすごくすごく好きだった、こと。
全てを話した後、彼は苦笑と共に一言呟いただけ。
「困ったなあ。」
「………私、こんな性格だから。ダイゴさん、貴方にならきっと、」
もっと素敵な人が、
「それは難しい、かな。だって、僕はそいつよりもずっと昔から君が好きだったんだからね。」
怖いのに、どうしてこの腕から抜け出すことが出来ないのだろう。
地面を見つめながらぼんやり考えていた。
「ダイゴ、さん…。」
「ん?」
「……で。」
「え、」
「私を、一人に…しないで………でも、好きになんてならないで…。」
私の貧相な脳が弾き出した答えとは正反対に言葉がぽろりぽろりと勝手な事を紡いでいた。(酷い矛盾だ)
私を抱きしめるこの腕を振り払うことなんて容易なのに、どうして私はできないのだろう。
もう好きな人なんていらない、そう思ったのに決意は揺らぎ始めていた。
そう囁いた彼の優しい声色に切ないくらいの安心と愛しさを感じて、私は目を閉じた。
fin.(2010.02.26/加筆修正2010.03.05)
→当初はダイゴさんもうちょっと病んでた。まあこれも若干病んでるけど。
title by コ・コ・コ