君の声はもう届かないのかな?
017.唄
目の前で事故がおきた。
人が一人死んだ。
それは彼女の知り合いだった。
俺の彼女がその現場を見て目の前の残劇に耐え切れず吐いた。
俺は、支えてあげることしかできなかった。
そのあと、病院に俺と彼女はいた。
彼女はショックで声を失った。
いや、声は出る。
ただ、しゃべらなくなっただけ。
「?」
にっこり笑う。
事故のことをすっかり忘れてしまった君。
「しゃべんねぇの?」
こくりと小さくうなづく。
「茶、買ってくる。」
いってらっしゃい。そう、手を振っていた。
「あら、仁君。」
のお母さん。
まだ若くて、確か30代だったと思う。(18で生んだんだと。)
「まだ声は・・・」
「うん。話さないみたいね。私とはスケッチブックで話すのよ。」
ちょっと寂しいわ。って。
まあ、そうだろうけどさ・・・。
俺とは、スケッチブックでも話そうとしないんだよ。
「あ、そうだ。今度、こっそり病室に行ってみて。あのこ、唄ってるわ。」
何の歌かはわからないのだけどとお母さんは柔らかく笑った。
その笑顔はとそっくりだった。
*
次の日、こっそりの病室に来た。
ドアの向こうから微かな旋律が響く。
歌詞のない、“ラ”のみの曲。
俺は聞き覚えがあった。
―私、仁の曲って好きだなあ。ムラサキも好きだけど・・・一番はcareかな。聞いてて幸せになれるの。
「care・・・」
歌詞のない唄。
聞いてて泣きそうになった。
カチャッ・・・・
耐え切れず、ドアを開けた。
は驚いていた。
「、唄って。」
「・・・・・・。(できないよ。)」
スケッチブックに初めて文字を書いた。
「なんで?」
(声、でない。)
「さっきのは?」
「・・・。」
うつむいて黙ってしまった。
「じゃあ、俺、目隠しする。」
近くにあったタオルで目を隠した。
「。」
「・・・・・。」
ふらふら歩き回ってみる。
なんとなく、がオロオロしているのがわかる。
「っ・・・や・・・めて・・・」
!?
「じ・・・ん・・・や・・・めて・・・よぉ・・・・」
やめて、仁やめてよ。って聞こえた。
俺は目隠しをとって抱きしめた。
「もっかい。もう一回仁って呼んで。」
「じ・・・ん・・・じん・・・じんっ・・・」
は泣いていた。
そして、震えていた。
「・・・?」
「こわ・・・かったの・・・仁と話すことで・・・声を発することで・・・あのときを思い出すのが・・・怖かったの・・・」
小刻みに震える弱々しい肩を強く抱いた。
そして、俺がいるからと囁く。
どんなことがあっても俺は君の傍にいるから。
END
後書。
何で入院かは聞かないでください。
入院させといた方が都合がよかったんです。
スケッチブックでの会話って言うのはすごく好きです。
瀬陰暗鬼