「」
「なーに?」
「いい加減に帰ろうぜ」
「まだ帰らない」
「夜になるぞ」
「知ってる」
海に行きたい、そう彼女が言ったのは昨夜の事。
あまりにも突然すぎて唖然としたが、相棒のピジョットに乗せて此処まで連れてきたのが今日の午後。
海岸に到着した途端にはサンダルを脱ぎ捨てて一直線に走り出した。
柔らかい砂に足を取られながら後を追う。
転ぶなよ、そう言う前には柔らかい砂を抜け、海に足首まで浸かっていた。
「冷たい…」
「まあ海だからな」
「そうだけど」
が着ている白いワンピースが風で揺れる。
海と空の青さでワンピースの白さが一層引き立った。
「グリーンは入らないの?」
「遠慮しておく」
「そっか。……ねえ、もう少しこのままでもいいかな?」
「…構わねえけど」
「ありがとう」
ふわりと笑うと、彼女はまた海のほうを向いた。
暇になったオレは汚れるのを覚悟で砂の上に腰を下ろした。
絶えず波の音が耳に届いてくる。
真っ直ぐに海の向こうを見つめていたに声をかけてみるが、先ほどから会話は二言三言で終わる。
溜息は波の音にかき消されてしまっただろう。
+ + +
ポケギアで時刻を確認するとだいぶ良い時間になってきた。
もう一度声をかけても答えは変わらず『まだ帰らない』
「グリーン」
「なんだよ」
「海に連れてきてくれてありがとう」
「…おう」
立ち上がって服に付いた砂を軽く掃った。ギリギリ、波で靴が濡れない距離までに近づく。
「人魚姫ってさ、」
「?」
海を見たまま彼女は続けた。
「可哀想」
「おとぎ話だろ」
「でも、好きな人の為に命までも捧げるってすごい事だよね」
「まあな」
「あたしならきっと出来ないだろうな…」
「…なあ」
「え?」
「お前、どうしたんだよ…」
「っ…」
振り向いたは走ってオレの胸に飛び込んできた。
あまりに突然すぎて動揺してしまったが、しっかりと彼女を受け止める。
(一瞬で表情を確かめるなんて困難だった)
「…ごめん…ちょっとこのままでいさせて……」
微かに震える肩に言葉が見つからない。
まるで泣きじゃくる子供をあやすように背中を撫で続けるしか出来なかった。
「グリーン優しい…」
「……」
「あのね、あたしね、ちょっと疲れちゃったの」
「…、」
「ほんの少しだけ消えてなくなりたいって思ったりしたの。…最悪、だよね…」
顔を上げた瞳に大粒の涙がぼろぼろと零れていた。
こんな時、どうする事も出来ない自分自身に嫌気がさしてきた。
「お前がいなくなったら悲しむ人間が絶対にいる…だろ?」
「……きっと、いる、かな?」
「オレだってその一人、だから」
「…!グリーン、顔赤いよ」
「ば、ばかやろう!夕日のせいだ」
「本当かな…」
目を真っ赤にさせたままへらりと笑われた。
「…何があったのか知らねえけど、とりあえず今は好きなだけ泣いとけ。誰にも言わねえから」
「うん…」
もう一度顔を埋めた彼女をそっと、抱きしめた。
夕日が海に沈んでいく。
マサラに帰るのは遅くなりそうだ。
(泡になって消えるなよ)
fin(2010.08.09)
→個人的にセキチクじゃなくてアサギか金銀頃のグレンの海辺をイメージしながら書きました。
title by コ・コ・コ