ぱちり、と目を開けた。
目覚まし時計が鳴り響く前に起きるなんて珍しいなあ…と完全に覚醒していない頭で考えつつ、携帯で時刻を確認するとまだ明け方だ。
もう一度眠ろうと肌掛けを頭まで被ってみたが、既に頭の中が完全に覚醒してしまっている。
お目覚めモードに切り替わってしまったならもう仕方がないので、ベッドを抜け出し遮光カーテンを明け放った。
カーテンがレールをなだらかに流れる。


「わ、あ……」


思わずベランダへ出てしまった。明け方の空は若干暗く、東が少しずつ明るくなっている風景。
街の灯りがほとんど点いていない今、この景色を見ているのは私だけではないだろうか?
そう考えてしまうくらい美しく壮大な彩り。朝焼け、というやつだ。
…咄嗟に、愛用のカメラを取りに部屋へ戻る。
充電とメモリ残量をぱっと確認して、ひたすら、ファインダーを覗いてシャッターボタンを押した。

次第に明るくなる空。ぼんやりと街のシルエットが映し出されていく。




「おはよう」
「!」




下から声が届いてきた。ずっと空に意識を集中させていた私はその声に肩をびくっと震わせた。




「ごめんごめん、驚かせちゃったね」
「マ、マツバさん…!」
「こんなに朝早くから何をしているんだい?」


声の主は、マツバさんだった。こんな朝早くから彼はどうしたのだろう。
彼はいつもと同じ、柔らかい笑顔を浮かべながらこちらを見上げていた。(ちなみに私の部屋はアパートの2階)


「今日は何だかものすごく早く目が覚めてしまって。カーテンを開けたら空がすごく綺麗で」
「だからあんなに夢中に空を写真に収めていたんだね」
「え、見てたんですか?」
「うん。5分くらい見てたかなあ」


…正直全く気付かなかった。それだけ私は空の虜になっていたのだ。
しかし5分のこんな姿を見られていたなんて。別にお付き合いしているわけじゃないけれど、恥ずかしい。



「あ、ちゃん」
「はい」
「丁度良い機会だし、一緒に朝の散歩でもしないかい?」


突然のお誘いに思考回路が一瞬止まった。
あのマツバさんが、女の子に大人気のジムリーダーが。私に向かって。


「良いんですか?」
「もちろん。君とが良いな」


彼は無意識なのだろうか。天然なのだろうか。
少しドキドキしている心臓を抑えつつ、私は彼のお誘いを了承した。








ぼんやり顔を見せ始めた太陽の光がスズの塔の頂を照らし始めていた。
エンジュの一日が、始まろうとしている。

fin.(2010.08.08)